第18回
火災、新天町を襲う(2)

■新天町を襲った大火事。二度目の不運は、前年の火事の試練を乗り切った直後の1955(昭和30)年のことだった。
 9月3日の午前2時半ごろに出火。火は瞬く間に18店舗に広がり、同4時半の鎮火までなすすべもなかった。被害総額は2700万円を超えたという。不幸中の幸いだったのは、今回は死傷者が出なかったこと。また、前年再建した被災店の鉄筋耐火壁が威力を発揮。北通りまでの延焼を遮った。
 西日本新聞は、次のようにレポートしている。
 「新天町、再建へ 威力を見せた防火建築---(略)同商店街では3日朝、ただちに役員会議を開き『2度も大火を起こして申しわけない。まず再建のスタートは反省とおわびからだ』と申し合わせ、船木理事長らは県、市、消防局など各方面へのあいさつ回りに飛び出して行った。 再建については昨年5月1日の大火の試練を乗り切った貴重な体験から被災者を含めて商店街全体が自信に支えられており、設計は先に再建された鉄筋コンクリート店舗と同一様式で早々に着工、その間は新天会館なり、スポーツセンター付近ででもバラック営業を急ぐ計画という」(9月3日夕刊)
 新天町はすぐに、地主だった福岡市に建設許可を申請したが、大きな壁にぶつかった。市当局の財政難から、それまでの賃借地を買い取るよう求められ、仮店舗の許可さえ出なかったのだ。 新天町はすぐにでも買い取りたかったが、重なる打撃で思うようにいかない。苦しい折衝が続き、ようやく仮店舗が許されると9月28日に着工、10月5日に営業をスタートさせた。10月20日からの新天まつりで焼失店舗も仮店舗ながら営業を再開。全店で再開記念の大売り出しを行った。災害に負けず、力強く立ち上がる店主たちの思いが伝わってくる。

 

   
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